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焔の錬金術

あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。

三が日過ぎててあれなんですけれども。そしてここを開いたのは別に年始の挨拶をするためではなく、こう、衝動的にがーっと書きたくなったからなんですけど!
いや、大佐の練成でね。(またかよ)
手打ち練成してるとき指パッチンしてなさそうとか、あれは酸素濃度を調節した後で火種を練成してるとか見たんですけど。そんならでも練成式イメージしてから指こするほうが効率的じゃね? って話はともかくとして、火を練成できるの?
熱を収縮させてるの? わからない。何かこう、腑に落ちない。誰か文系の私にも分かるように教えてくださいとか思ってから、ふとキンブリーの爆発については私疑問を覚えないのなんでだろうかとふっと疑問に思いました。(きっと愛がないからだ)
爆発物作るのはともかくとして、あれはあれで起爆するのに火は必要ではないの?
もうそんなことはつっこんじゃいけないのだろうなーという気もするんですけども、気になるんだもの仕方ないじゃないかさぁああああ。
キンブリーもどっかに火種持ってんですかね。そんで見えないところでこっそり導火線を走らせてるのですかね。ロイさんは実際には酸素濃度を調整しているって話でしたが、遠隔操作できんの!? って疑問はともかくとして火種を練成は手元でないと無理なんか。ああ、本当になんかこう、悩ましいわ。
気にしなけりゃいいんですけども。
気になるんだよ!(エンドレス)
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もうひとりの私

先日娘に唐突に「もう一人おかーさんいたらどうする?」と聞かれました。
「しなきゃいけないことを任せて私はだらだらする」と答えると娘笑いまして
「そんなの相手だってだらだらしたいに決まってるのに」。

まあね。
そりゃそうだよね。
私「じゃあしなきゃいけないこと2人で頑張ってして、その後仲良くだらだらするわー」
娘「あ、そうだね。それだと時間半分で済むね」

そうだよ。
要するにそれが夫婦で子育てする意味だよ。
とかふと思いました。

もののけ姫

もののけ姫観ました。金曜ロードショーで録画してたの、今日ちょっと時間があったので。
おお、こういう話だったのかー、みたいな。思えば昔見たきりだった。
http://news.livedoor.com/article/detail/15503801/
とかの、カヤはすでにアシタカの血筋を持ってるよとか、アシタカとサンは供寝(迷った末の表現)してるよとか、そんなのを聞いたので、そういえば今の私があの映画を見るとどう感じるのだろうかなーと。

そういえばカヤとの話では、アシタカはそもそももう死者として扱われていて、カヤの小刀はその証だと。(副葬品?)それを人ではないサンに贈る事で、サンを人とし、己もまた死者でなくともに生きようとした、ていう説もあって、それがいいなと思ってたんですが、観た感想だとちょっと違った。
というのは、アシタカがあの刀を渡すのはむしろ己の死を覚悟した後のシーンだから。カヤの息吹が籠められた刀に籠められていたのは、むしろ生きて欲しいという祈りだったはずで、まあだから死者に送るんでもいいんだけど、あの時点でそこまで死を肯定してはいないのじゃないかと。村を発った時点では、アシタカはまだ境界にいる。彼は物語のなかで、生と死、神と人の世界を行ったりきたりします。
お前は死ぬしかないのだから、サンとともに生きられはしないのだから、人の世界に戻れとモロに言われて、彼は山を下る。そのまま希望も潰えて彼は死の旅に出ようとしていて、だからせめて生きろと祈りを籠められた刀をサンに渡さずにはいられなかったのじゃないかなぁと思いました。

たたり神を見たとき、アシタカは当初神をなだめようとします。ちゃんと語りかける。けれどすさぶる神はもうすっかりたたりに飲み込まれていた。転んだ友達をかばって刀を抜いたカヤを見て、アシタカは自分が罪を引き受けることを決意する。結果として彼は死へ至る呪いを受け、まげを落として流人となり村を追われる。
作中彼はやたらと濡れてるんですが、川とか水辺とかは異界につながる場所です。神の国であり死者の国である入り口なの。だから人の世界に降りる時も、神の世界に赴く時もどっちも濡れるのね。

川を渡って人里に出たアシタカは己の身に宿った強力に気付きます。
人ならざる力に彼は鬼と呼ばれる。とはいえ彼は人でもあるので、ジコ坊と一緒に食事をする。そこでシシ神について聞き、アシタカは西に向かう。彼は生きたかったので、シシ神にのろいを癒して欲しかったのでした。
村近くに差しかかった時、川辺で倒れた牛飼いをアシタカは助けます。比較的軽症のほうをヤックルに乗せ、重傷者を負ぶってアシタカは山に入る。そこは神の領域なので、牛飼いは怖がります。コダマらに導かれシシ神の泉に着いた時も「使者の国の入り口」的に表現していたかと。
シシ神の癒しの力の一端に触れまして回復した彼らは山を下り川を渡りタタラ場へ。山から来るのは神様なので、もののけ扱いされますが、牛飼いが言訳してくれたので無事に入ります。
青臭いことを言うアシタカ。笑う烏帽子御前。けれども彼女は彼女の義をアシタカに見せる。別にどうでもいいですが、ここで私はロイさん思い出してました…。だって、呪うなら私を呪えばいいものをとか、なんかさぁ…。彼女は己の罪など飲み込んだ上で、それでも自分が正義だと信じるもののために生きている。まだ潔癖な青年であるアシタカはそこまで踏み込めませんが、それでも彼は烏帽子御前が誰かに必要とされている事実に触れる。正義と悪はめまぐるしく入り混じり、彼に断罪できるようなわかりやすい形はしていない。
さて、そこに襲ってくるサン。説得を試みるアシタカ。引くのも勇気云々言うのは、アシタカはサンを人間扱いしてるからですね。先に烏帽子に「山犬に心を囚われた哀れな娘」的な説明を受けていたせいかもしれません。
焼けた山を前に立ち、けれどサンには引くなどという選択肢はない。彼女は一途に烏帽子めがけてつっこみます。烏帽子もまたそれを受ける。戦うふたり。それをアシタカは許せなかった。そういう争いの果てに彼の不幸があったからなのか、あるいは単純に争いそのものが嫌いなのかはよくわからなかったです。あるいは人でなく獣でないもののけ姫が、命がけで抗う様に見過ごせないものを思ったのかもしれません。彼もまた人でなく鬼でなく、死に抗おうとしていたから。
そんなわけでアシタカはサンをもらいうけ、村を出ます。けれど力尽き落馬(馬?)。「何故私を助けた」と問うサンにアシタカは言いました。「そなたは美しい」
色恋沙汰で考えるとサヤが思い浮かんでもやっとするんですが(笑)、ここではおそらく対比として死に行く醜い己があって、同じ人ではないものだとしても彼女は「姫」として立ち戦っているという対比があるのだと思います。多分。私はそう思うことにした。
そこに現れる猩々。石を投げアシタカを置いていくよう彼らは言います。そんでもってサンも人間だと言い、彼女は傷ついた顔を見せます。人間からはもののけだと言われ、もののけからは人だと言われる。
そんな己を肯定する台詞を吐いたアシタカを、サンはシシ神の泉に連れて行く。アシタカを生かすか殺すかを彼女は神の手にゆだね、アシタカは無事に傷を癒しますが、けれどシシ神はアシタカののろいを消しはしなかった。絶望するアシタカ。
石屋で数日彼は身体を癒し、命の交歓的なものがもしかしたらあって、アシタカは死に行くものとして神の国を去ります。アシタカの服や頭巾が繕われているのですが、サンは裁縫できたのですね? 多分モロは一度サンを人の世に返したのではないかしらと思います。サンはちゃんとそこで一度娘として育てられたけれど、山犬の娘として恐れられ人に馴染めず、さらに山を削り森を焼く暮らしが受け入れられず山に帰ったんではないかと。でもその時裁縫道具は持ち帰ったというあたり、彼女に愛情をかけた人間はもしかしたらちゃんといたのかもしれません。わかんないけどさ。
アシタカはすっかり死ぬ気でいましたが、タタラ場が襲われていることを知り彼らを救うために動き出します。色々あって神も呪いも消え、焼けた山もよみがえりタタラ場は潰えた。生き残った人々はそこに村を作ることにします。烏帽子は急ぎすぎたので、多分次はもっと穏やかな形の共存を探るのでしょう。アシタカはそこで暮らして、森に暮らすサンに会いに行く。
神様はいなくなったけれど、森も暮らしも獣も人もそこにあって、互いの立場からそれでも会話を閉ざすことなく、友に生きていけたらいいねみたいな、そんな話だと受け取りました。
まあ、だから途中からアシタカ王の伝説ではなく、人でなく獣でないもののけ姫の話になったのでしょう。恋愛的な意味ではなくて。力を得て地をすべる王の話ではなく、血まみれで何かを守るけだものじみた姫というのが、この話の決着点であったのだろうなーと。
とりあえず色々思ったことが吐き出せたのですっきりはしたよ。

PTAについて その3

下で書いてますアンケートは頓挫しそうな勢いです。
えー。
結局減らすのはやっぱり止めといて、簡略化の方向で……みたいな話になっている。
いやいや。
結局そうやってできますかって聞いちゃうと、他の委員活動ではそういうこと気かないのかって人が出てくるよねーとか。

聞けばいいじゃん。

どーしてもしなくちゃいけないことは残るよ。
保護者そこまで馬鹿じゃないと思うよ。
だけど、「あったらいいかな」程度のことはもうしなくていいじゃん!!
だってしてくれる人いないんだから、そんなの仕方ないじゃんかさ。
「何でなくすんですか?」って人がいたら私はちゃんと答えるよ。
「立候補者がいたら継続します」って。
そうやってそぎ落としもしないで協力を求めようってのも誠意がなくない?

PTAについて その2

PTAの活動に参加し始めてそろそろ半年たちました。
そうなんですよ、やってんですよ、PTA。いわゆる4役ではなくて委員長だけどね。
何それって人の為にざっくり言うと、うちの小学校では委員という多少面倒なことをする人たちを各クラスから数名選びます。
委員を総括して仕事を説明したり割り振ったりするのが委員長、副委員長です。委員長副委員長は、執行部の割り振りのもと仕事を負担します。執行部は会長、副会長、書記、会計の4役で成り立ちます。とりあえずそんな感じ。
うちの学校は委員長、副委員長は前年中に選ばれますが、学校によっては委員さんのなかから選びますというところもあるようです。ちなみに私は立候補でした。委員長副委員長経験すると、その後の委員活動を免除されるのですよ…。

半年たった感想。
教頭先生は激務。
委員長の仕事より執行部から「誰かお手伝いしてくれる人ー」って来るのがちょいちょい面倒くさい。(委員長の仕事は自分の都合で日程組めるから負担感少ない。自分でするって決めたし)
副会長さんとの小学校での遭遇率半端ない。
長副ともにお仕事している人の場合、なるべく用事のあるときに(PTA関連とか参観とか)あわせて委員の仕事をしている。専業主婦の場合は、用事のある日は避けて委員の仕事をしている。お互いの予定が合わないと不幸。
委員さんを集めると「無理です」という人は必ずいる。「いいですよー」と返事するが、無理して出席した人は「ええっ……」ってなる。事前に「無理しないでねー」ってすると欠席者が増えそうで怖い。どうしたらいいの。
委員に決まったけど一切委員の仕事に出てこない人もいる。もちろん他の委員さんの不満も募る。「じゃあ最初から断ってくれれば」という人もいる。しかしPTAは基本問答無用で相手の都合などおかまいなしで割り振る。「できますか?」って確認するとおそらく負担してくれる人は著しく減る。どうしたらいいの。

という感じ。
己の委員に関しては、この「無理をしないでと言えないジレンマ」「できない人に仕事を頼まざるを得ないジレンマ」が嫌なので、「この委員会活動要らなくね? 要るなら委員に立候補してね。できるって人の割合から来年度の委員数決めるよ!」アンケートを取ることにしました。このアンケート作るの面倒くさかった。そして副会長さんおよび教頭先生の時間を結構いただいた。申し訳ない。最初からわかってたら多分しなかったと思う。自分だけが苦労すればいいと思ってたわ。(大人の思考ではないな)

委員会活動の改善の為に、報告書の提出とかアンケートのお願いとかしてんですが、「あまり改善点を書きすぎると感じが悪いのではという意見があり無難に書きました」って話を聞いたときは衝撃でした。うん……PTAならではって感じ。
あと私はちょいちょい極端な意見を言うから浮くのだと理解できた。いまさらー。
どこの集団に属しても浮くとは思っていたのですが、選択肢を思い浮かべたときに両極端に走りがちの様子。そんで、落ち着けどころを探ってるほかの人がびっくりするパターンなのね。
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